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■さらばトルネードの英雄、野茂投手引退(朝日新聞7/18)
遠からずこんな日が来るとは思ってました。 でも現実にその日が来てしまうと、やっぱりショックですね(T^T) 野茂引退のニュースは日本だけでなく、アメリカはじめ各国メディアでも伝えられたようです(時事7/18)。 私は近鉄バファローズ(バッファローズにあらず!)のファンでしたので、よく藤井寺球場や日生球場へ、あの豪快なトルネードを見に行ったものです。 特に藤井寺のブルペンは外野席から近かったので、大げさでなく10メートルぐらいの距離から生で見ることができて、いやぁ、めっちゃ感激したものでした。 現在オリックスで監督代行をされている大石大二郎さんが、「三振か四球という投手だったので、野手としては守りづらかった」とコメントされてますが(スポニチ7/17)、分かるわぁ。 客の立場で言えば、「三振の連続でめっちゃ気持ちいいか、四球連発で帰りの電車の時刻がめっちゃ気になるか、という投手」でした(^_^; 実は野茂が近鉄に入団した前年の1989年に、近鉄はパリーグで優勝してるんですよ(あの有名な「10・19」の翌年です)。 リーグ優勝はしたものの、日本一は逃してしまった。そう、初戦から巨人に3連勝しておきながらその後4連敗してしまった、あのオマヌケなシリーズです(T^T) その年の秋のドラフトで、すごい倍率(史上最多の8球団競合!)の中、仰木監督が見事に野茂を引き当てたんですね。「よっしゃ!これで来年は日本一や!」と多くの近鉄ファンが喜びに沸いたものでした。 が、結局、近鉄は2001年までリーグ優勝すらできませんでした。 野茂の近鉄在籍時代って、まさに西武の黄金期だったんですよね。近鉄はいつも二番手、三番手で。 野茂はいつも言ってました。「今のメンバーで優勝したいんです」と。だもんで、チームで人の動き(トレードとか)がある度、「このメンバーで優勝したかったのに……」と、人一倍がっかりしてた。 彼は本当に近鉄というチームを愛していたんだろうと思います。 だから野茂がメジャーリーグに行くことになった時は、ファンとしては喜び半分、寂しさ半分でした。 メジャーで活躍する姿を見たいという気持ちもあったけど、やっぱり近鉄の顔がいなくなるのは辛かった。 それに周囲の反対を無理に押し切ってのメジャー行きだったから、必ずしも温かく見送られたというわけではなかったしね。 つーか、バッシングの方が大きかったのでは? (野茂は複数年契約や代理人制度を希望して近鉄のフロントともめた結果、メジャーに挑戦することになった。これらの制度は今では当たり前になってますが、当時の日本球界ではあり得ないことだったので、野茂はワガママだとバッシングされた) 私の夫なんか私以上の近鉄ファンで(小学生の頃からファンクラブの会員)、しかも野茂と同じ大阪生まれの大阪育ち、そのうえ同い年(昭和43年生まれ)ということで、野茂のことを親友のように思ってたんですよね。一方的に(^_^; だから野茂がメジャーに行くと決まった時は、マジでぶーたれてました。「俺を置いていくのかよ!」みたいに。 だけど野茂のメジャーでの活躍を、誰より喜んだのもまた夫でした。 皆さんご存知のように、今日の日本の選手の「メジャー行き」の道筋を作ったのは野茂なんですよね。それまで日本のプロ野球からメジャーに行った選手っていなかったから。 (1964年に野球留学で南海からマイナーリーグに派遣され、そのままメジャーに昇格した村上雅則さんは例外として) 野茂のメジャー入りから13年が過ぎ、その間、イチローや松井秀喜や伊良部etc.、本当にたくさんの選手、それも日本球界の顔とも言うべき選手がどんどんメジャーに進出していきました。 その是非は議論の分かれるところでしょうが、日本のプロ野球の歴史において、野茂が偉大な先駆者であることについては、誰も異論はないでしょう。 今はただ、心からお疲れさまでしたと言いたいです。 ※参考リンク ・野茂英雄 公式ウェブサイト ・Wikipedia>野茂英雄 ※旧お気楽くっくりはこちらです。 http://kukkuri.jpn.org/boyaki_blog/ 一発でつながったあなたは強運の持ち主です!?(^_^; ________________________________________________ ★このブログが面白かったらクリックして下さい→ ★姉ブログ「ぼやきくっくり」へもぜひどうぞ。 |
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いつかはこの日が、と覚悟はしていましたが、やはり寂しいですね。
メジャー行きが決まったときは私の父などは「野茂はだまされているんじゃないか」と言っていましたし、「日本人観光客を集めるための客寄せパンダに利用されるだけでは」などという声が周りでは主流でした。 アメリカのマスコミでは「近い将来、日本のスター選手はみんな海外に行ってしまう」「日本がついに野球選手の輸出を始めた」と報じていて、冗談か皮肉だと思っていました。 実際には我々の予想を遙かに超えた大活躍、アメリカの報道はまじめな予測記事だったのかもしれません。 思えば平成7年は阪神淡路大震災にオウム事件と、不幸が続いた年でしたが、メジャー1年目からの野茂選手の大活躍が多くの日本人を励まし、勇気づけたことも忘れてはいけないでしょう。 |
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さて、くっくりさん及びバファローズファンだった方が不快に思われるかもしれないことを書いてしまいますので、はじめに謝っておきます。
>リーグ優勝はしたものの、日本一は逃してしまった。そう、初戦から巨人に3連勝しておきながらその後4連敗してしまった、あのオマヌケなシリーズです(T^T) セ・パ交流戦が始まって以来、毎年シーズンになると、あの運命の一言、「ジャイアンツはロッテより弱い」を思い出してしまいます。 すみません、ついレスしてしまいました。 謝罪します。 |
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ishiiさん、コメントありがとうございます。
当時のお父様の心配はごもっともだったかも。メディアが悪いんだろうと思うけど、とにかくあまりよいムードではなかったですよね。日本では前例を破るようなことをするとどうしても叩かれちゃう傾向がありますし、仕方なかったのかもしれませんが、それもまた野茂にとって発奮材料になったのかも?とにかく1年目からのあの活躍ぶりでしたからね。 その名台詞(?)は加藤哲郎さんですね。人相も悪い、口も悪い(^_^;。実は私と同い年なんですよ。それだけに思い入れもありました。引退後は役者などされてますね。最近あまり見ないけど。まぁ近鉄球団もなくなった今となっては笑い話です(^_^; |
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